「ピンピンコロリを日常生活に。…
公開日:2026年09月18日
更新日:2026年09月16日

目次
「ピンピンコロリを日常生活に。」
横濱おなか診療所では、自分の口で食べ、自分の足で動き、元気に自分らしく暮らせる時間をできるだけ長くすることを大切にしています。
その土台の一つが、毎日の食事を受け止める腸の健康です。
食物繊維だけ増やせば「腸活」になる?
「腸活のために、毎日ヨーグルトを食べています」
「便秘が気になるので、ごぼうをたくさん食べるようにしています」
「酪酸がよいと聞いたので、酪酸産生菌を摂ればよいのでしょうか」
診察室でも、こうしたお話を伺うことがあります。
もちろん、食物繊維や発酵食品を意識することは大切です。ただ、今回まずお伝えしたいのは、
腸活は、一つの食品や一種類の菌だけで完成するものではない
ということです。
前の記事では、善玉菌の数を見るだけではなく、その菌が何をしているかまで考える必要がある事に目を向けました。
今回はその続きとして、もう一つ視点を広げてみましょう。
前回が「腸内細菌の働きの基礎」の話だとすれば、今回はより具体的に「菌たちが食べ物をどのように受け渡しながら働いているのか」という話です。
ここを理解すると、なぜ「食物繊維だけ摂ればよい」「乳酸菌だけ増やせばよい」と単純には言えないのかが分かりやすくなります。

酪酸は一種類の菌だけで作られているわけではありません
腸内環境を考えるうえで、近年よく耳にするのが酪酸です。
酪酸は短鎖脂肪酸の一つで、大腸の細胞の重要なエネルギー源となるほか、腸管の環境や免疫調節などとの関係が研究されています。
そこで、
「酪酸が大切なら、酪酸を作る菌だけ増やせばいいのでは?」
と思われるかもしれません。
しかし、腸の中ではもう少し複雑なことが起きています。
最近の研究結果から、これらを分かりやすく「菌のリレー」として説明されることがあります。
流れを大まかにすると、
食物繊維 → 糖 → 乳酸・酢酸 → 酪酸
となります。
陸上のリレーを思い浮かべてみてください。
最終走者だけが速くても、その人までバトンが届かなければゴールできません。
腸内でも、一種類の菌だけではなく、複数の菌が作ったものを次の菌が利用するという「受け渡し」が行われています。
研究の世界では、このような関係をクロスフィーディング(cross-feeding)と呼びます。
実際に、ビフィズス菌などが作る乳酸や酢酸を、別の酪酸産生菌が利用して酪酸を作る仕組みなどが知られています。
第1走者|食物繊維を分解する菌
最初は、大腸まで届いた食物繊維などを分解する役割です。
糖化に関係する菌や納豆菌などが、この上流の働きに関係する例として挙げられます。
大きな食物繊維を、その後の菌が使いやすい糖類へと形へ変えていく。
いわば、最初のバトンを渡す準備をする走者です。
第2走者|乳酸や酢酸を作る菌
次に登場するのが、乳酸菌やビフィズス菌などです。
これらの菌は、第1走者が作った糖などを利用して乳酸や酢酸といった物質を作ります。
大切なのは、それらが単なる「最終産物」ではないことです。
乳酸や酢酸は別の菌にとっての材料となり、さらに次の代謝へ利用されます。
第3走者|酪酸を作る酪酸産生菌
そして、その乳酸や酢酸などを利用する菌の中に、フィーカリバクテリウムなどの酪酸産生菌があります。
つまり、「酪酸産生菌がいる」だけでなく、
その菌まで材料がきちんと届く腸内環境になっているか
まで考える必要があるわけです。
講義でも、「酪酸菌だけを摂ればよいのではなく、材料と複数の菌の働きがそろうこと」が重要なポイントとして示されています。

腸内細菌にも「好きな食べ物」が違います
もう一つ大切なのが、食物繊維にはさまざまな種類があるということです。
食物繊維と聞くと、
「ごぼうを食べればよい」
「玄米に変えればよい」
と思いがちですが、腸内細菌によって利用しやすい食物繊維は異なります。
例えば、発酵性食物繊維の例として、
- こんにゃく
- 玄米・大麦
- 昆布などの海藻
- 豆類
- ごぼう・玉ねぎ
- リンゴ・キウイ
などあります。それぞれにグルコマンナン、β-グルカン、アラビノキシラン、アルギン酸、イヌリン、ペクチンなど、異なる成分が含まれています。
これを「腸内細菌の食堂」と考えてみてください。
毎日同じ料理一品だけが並ぶ食堂より、いろいろな料理が並ぶ方が、さまざまな好みを持った菌が食事をしやすくなります。
そのため私は、「食物繊維を何グラム摂ったか」だけでなく、「どのような食品から摂ったか」も大切にしたいと考えています。
食物繊維の種類によって腸内細菌による発酵や作られる短鎖脂肪酸が異なり、反応にも個人差があります。
ですから、「ごぼうだけ」「オートミールだけ」と決めるより、さまざまな植物性食品を少しずつ食卓へ取り入れる方が、腸内細菌に多様な材料を届けるという考え方に合っています。
食物繊維だけではない|ビタミンB1も菌の働きを支える
さらに興味深いのが、ビタミンB1です。
酪酸産生菌の中には、必要なビタミンを自分自身では十分に作れず、周囲の環境に依存する菌がいます。
例えばフィーカリバクテリウムなどは他の筋とは異なり自前でビタミンB1を作り出すことが出来ません。
つまり、
「食物繊維を増やせば、それだけで必ず酪酸が増える」とは言えません。
そのため、酪酸産生菌の働きを助けるため食物繊維ばかりではなくビタミンB1を含む食品として、豚肉や大豆などの摂取も勧められます。
ここにも、「一つの栄養素だけを見るのではなく、食事全体を見る」という今回のテーマが表れています。

シニア世代の腸活|まずは「一品足す」から
ここまで読んで、
「いろいろ食べなければいけないのは大変そう」
と思われた方もいるかもしれません。
すべてを一度に変える必要はありません。
例えば、
朝:ヨーグルトだけの日に、キウイを少し加える
昼:白米の一部をもち麦などに変えてみる
夕:豆類、海藻、ごぼうなどを使った小鉢を一品加える
別の日:果物や野菜の種類を昨日とは変えてみる
この程度からでも構いません。
大切なのは、毎日「最高の腸活メニュー」を作ることではありません。
昨日と少し違う食材を一つ加えてみる。その積み重ねです。
特に食物繊維を急に増やすと、お腹の張りやガスが増える方もいます。
普段あまり摂っていない方は、体調を見ながら少しずつ増やしましょう。
また、シニア世代では食物繊維だけを意識して食事量そのものや、たんぱく質を含む主菜が減ってしまうのも避けたいところです。
「腸によさそうな食品だけを食べる」のではなく、普段の食事に種類を足していくくらいが続けやすいと思います。

腸活に「一つの正解」を作りすぎない
前の記事では、
腸内細菌叢の免疫への影響と酪酸の働きについて
基礎的なお話をしました。
今回、さらにそこへ「細菌叢を作る菌同士の複雑なつながり」が加わりました。
腸の中では、
食べ物が入る
→ ある菌が分解する
→ そこでできたものを別の菌が使う
→ さらに別の代謝物が作られる
というネットワークが動いています。
だからこそ、
「乳酸菌さえ摂ればよい」
「納豆菌だけ増やせばよい」
「酪酸産生菌だけ多ければよい」
「この食物繊維だけ摂ればよい」
と、一つに決めすぎない方がよいのです。
そして最終的には、単一食品に依存せず、多様な食事を継続することが重要です。
そして以前のブログ記事では菌同士のつながりばかりではなく、菌が暮らす腸管上皮のムチンの働きも重要であることについて触れさせてもらっています。
「菌が暮らす『腸そのもの』も大切|ムチンとフコース・NAG研究から考える新しい腸活」
便秘や下痢が続くときは「腸内環境のせい」で終わらせない
腸活に取り組むことと、病気を確認することは別です。
便秘、下痢、お腹の張り、腹痛などが長く続く場合に、
「腸内細菌が乱れているだけだろう」と自己判断し続けないことも大切です。
特に、
これまでと明らかに便通が変わった、
血便がある、
体重が意図せず減っている、
食欲が落ちている、
貧血を指摘された、
腹痛が続くといった場合には、
一度消化器内科で相談してください。
食事や腸内フローラを考える前に、必要な病気がないかを確認することが医療の土台です。
そのうえで、毎日の食事や運動、睡眠などを一緒に整えていく。
私はこの順番が大切だと考えています。
便秘・下痢が続くのは腸内環境の乱れ?腸内フローラ検査について
まとめ|一つの食品より「いろいろな食品を少しずつ」
今回お伝えしたかったのは、「食物繊維を摂れば腸活は終わり」ではないということです。
食物繊維から酪酸が作られるまでには、さまざまな腸内細菌が関わり、作ったものを次の菌へ渡す「菌のリレー」があります。
そして菌によって、利用しやすい食物繊維も違います。
だからこそ、一つの食品へ偏るより、
野菜、果物、豆、海藻、大麦など、違う種類の食品を日々少しずつ組み合わせる。
それが現時点で私がお勧めしたい、無理の少ない腸活です。
特別な健康食品から始めなくても構いません。
まず今日の食卓を見て、
「昨日とは違う植物性食品を、一品だけ足してみよう」
そこから始めてみてください。
腸を整えることそのものがゴールではありません。
食べることを楽しみ、動き、これからも自分らしく生活していく。
その土台を毎日の食事から少しずつ整えていくことが、横濱おなか診療所が大切にしている「ピンピンコロリを日常生活に。」という考え方にもつながります。
Q&A
Q1.食物繊維のサプリメントを飲めば十分ですか?
食物繊維を補う方法の一つではありますが、サプリメントだけで食事すべてを置き換えることはお勧めしません。
食品には異なる種類の食物繊維だけでなく、ビタミン、ミネラル、たんぱく質、ポリフェノールなどさまざまな成分が含まれています。
まずは日常の食品の種類を増やし、不足を補う必要がある場合にサプリメントをどう使うか考えるのがよいでしょう。
Q2.毎日ヨーグルトを食べていれば腸内環境は整いますか?
ヨーグルトは選択肢の一つですが、それだけですべてが決まるわけではありません。
乳酸菌などを取り入れることに加えて、その菌やもともと腸にいる菌が利用する食物繊維を食べることも重要です。
ヨーグルトに果物を組み合わせるなど、「菌+菌のエサ」という考え方をすると分かりやすいでしょう。
Q3.納豆を食べると酪酸産生菌が増えますか?
納豆だけで酪酸産生菌が増えると断定することはできません。
大麦と納豆を多く摂っていた人で一部の酪酸産生菌が多かったという研究はありますが、観察研究であり、原因と結果を証明したものではありません。
納豆は「これさえ食べればよい食品」ではなく、多様な食生活を構成する一品として考えてください。
Q4.酪酸産生菌だけを摂ればよいのでしょうか?
酪酸産生菌だけに注目するのは、腸内環境を少し単純化しすぎています。
酪酸が作られる背景には、食物繊維を分解する菌、乳酸・酢酸を作る菌、それらを利用する菌などの相互作用があります。
「どの菌がいるか」と同時に、「菌同士がどのように働いているか」も大切です。
Q5.便秘なら食物繊維をたくさん増やせばよいですか?
急に大量に増やすより、体調を見ながら少しずつ増やす方がよいでしょう。
便秘の原因は食物繊維不足だけではありません。薬の影響、活動量、水分摂取、排便習慣、消化器疾患などさまざまです。
食物繊維を増やすほど張りや腹痛が強くなる場合や、便通の変化が長く続く場合には、一度ご相談ください。
腸活では、「何か特別なものを一つ始める」よりも、普段の食卓へ違う種類の食品を少しずつ取り入れ、それを無理なく続けることが大切です。
一方、便秘や下痢、お腹の張り、腹痛などが続いている場合には、何でも腸内細菌の問題と考えず、まず原因となる病気がないかを確認しましょう。
横濱おなか診療所では、「ピンピンコロリを日常生活に。」を合言葉に、今ある症状を診るだけでなく、その先にある「自分らしく食べ、動き、暮らせる時間」を支えることも大切にしています。









