「便秘と下痢をくり返す」「お腹…
公開日:2026年09月14日
更新日:2026年09月09日

目次
「ピンピンコロリを日常生活に。」
横濱おなか診療所では、何歳まで生きるかだけでなく、「元気に、自分らしく暮らせる時間」を少しでも長くすることも大切だと考えています。
その土台の一つが、毎日の食事を受け止める「腸」の健康です。
前回は、腸内環境を「善玉菌が多い・悪玉菌が少ない」といった菌の名前や割合だけで考えないことについてお話ししました。
では、腸内細菌は私たちのお腹の中で何をしているのでしょうか。
実は腸内細菌は、ただそこに住んでいるだけではありません。私たちが食べたものを利用しながら、さまざまな物質を作っています。
その代表が、今回お話しする「短鎖脂肪酸」です。
腸活は「どんな菌がいるか」だけで考えない
「ヨーグルトを食べて善玉菌を増やしています」
「腸内フローラ検査で、ビフィズス菌が少ないと言われました」
診察室でも、こうしたお話を伺うことがあります。
もちろん、腸内にどのような細菌がいるのかは大切です。
しかし、現在の腸内細菌研究では、もう一歩進んで、
「その菌が腸の中で何をしているのか」にも注目が集まっています。
同じような菌が存在していても、食べているものや腸内の環境によって、その活動は変わります。
たとえるなら、腸内細菌の名前を見ることは「工場にどんな従業員がいるか」を見るようなものです。
しかし本当に知りたいのは、従業員の人数だけではなく、その工場で何が作られているかではないでしょうか。
腸内細菌が作る代表的な物質が「短鎖脂肪酸」です。

腸内細菌が作る「短鎖脂肪酸」とは
私たちが食べた食物繊維や、人の消化酵素だけでは十分に分解されにくい糖質の一部は、大腸まで届きます。
そこで腸内細菌がこれらを利用し、発酵することで作られる物質の一つが短鎖脂肪酸(SCFA:short-chain fatty acids)です。
代表的なのは、
- 酢酸
- プロピオン酸
- 酪酸
の3つです。
どれか一つだけが働いているのではなく、複数の腸内細菌が関わり合いながら、これらの物質を作っています。
酢酸
酢酸は、腸内で作られる短鎖脂肪酸の中でも量が多いものです。
多くの腸内細菌が産生に関わり、一部はほかの腸内細菌がさらに別の短鎖脂肪酸を作るためにも利用されます。
つまり、酢酸そのものの働きだけでなく、腸内細菌同士の代謝のつながりを支える物質として考えることもできます。
プロピオン酸
プロピオン酸も大腸で作られ、その一部は吸収されたあと肝臓などで利用されます。
腸管のバリア機能や免疫、エネルギー代謝などとの関連について研究が進められています。
ただし、「プロピオン酸を増やせば〇〇という病気を予防できる」といった単純な話ではありません。
人の身体ではさまざまな代謝経路が同時に動いているため、現時点の研究結果を健康効果へ直接結びつけすぎないことも大切です。
酪酸
短鎖脂肪酸の中でも、腸そのものとの関係で特に注目されているのが酪酸です。
酪酸は、大腸の表面を覆っている大腸上皮細胞にとって重要なエネルギー源の一つです。
さらに、
- 腸管バリア
- 粘液の産生
- 炎症反応の調節
- 腸内環境の恒常性
などとの関連について、多くの研究が行われています。

特に注目されている「酪酸」と腸のバリア
私たちの腸は、食べ物を吸収する場所であると同時に、腸内細菌やさまざまな物質と身体の内側を隔てる「境界」でもあります。
そのため腸の表面には、腸上皮細胞、細胞同士をつなぐ構造、粘液など、いくつもの防御の仕組みがあります。
酪酸は、大腸上皮細胞が活動するためのエネルギーとして利用されるだけでなく、こうした腸管バリアを維持する仕組みとの関連が研究されています。
ここから、「どの菌を増やすか」だけではなく、
「腸の中で酪酸を作れる環境をどう育てるか」
という考え方が生まれます。
ただし、ここで注意したいことがあります。
酪酸にさまざまな働きが報告されているからといって、「酪酸さえ多ければ腸が健康」と判断できるわけではありません。
腸内環境は、それほど単純ではないからです。

短鎖脂肪酸は腸だけで働くわけではない
短鎖脂肪酸の一部は腸管から吸収されます。
そしてGPR41やGPR43(現在はFFAR3、FFAR2とも呼ばれます)などの受容体を介する仕組みを含め、免疫やエネルギー代謝などとの関係が研究されています。
このため現在では、
食事
↓
腸内細菌
↓
短鎖脂肪酸などの代謝物
↓
腸や全身
というつながりが注目されています。
「腸は身体の中の一つの消化器官」というだけではなく、食事と身体をつなぐ重要な場所だと考えると分かりやすいかもしれません。
ただし、短鎖脂肪酸と肥満、糖尿病、免疫疾患、認知機能などとの関連については研究途上の部分も多くあります。
関連が報告されていることと、短鎖脂肪酸を増やせば病気を治療・予防できることは同じではありません。

「ポストバイオティクス」と短鎖脂肪酸は同じもの?
最近は「ポストバイオティクス」という言葉を目にすることも増えてきました。
ここで、一度整理してみましょう。
プロバイオティクスは、一定量を摂取したときに健康への利益をもたらすことが示された生きた微生物を指します。
プレバイオティクスは、腸内細菌などに選択的に利用され、健康への利益につながる成分を指します。
そして現在の国際的なコンセンサスでは、ポストバイオティクスは「健康上の利益をもたらす、不活化された微生物そのもの、またはその構成成分を含む調製物」と定義されています。
そのため、厳密には、
短鎖脂肪酸そのもの=ポストバイオティクス
ではありません。
精製された酪酸や酢酸などの代謝物だけを、現在の国際的な定義でポストバイオティクスと呼ぶのは適切ではありません。
ただ、腸内細菌そのものだけでなく、菌が作る物質や菌の働きにも目を向けるという意味では、腸活を一段深く理解するためにとても大切な視点です。
短鎖脂肪酸を作りやすい腸内環境をどう育てる?
では私たちは、何をすればよいのでしょうか。
私は、最初から特殊なサプリメントを探すよりも、まず毎日の食事を見直すことをおすすめします。

まず意識したいのは食物繊維
短鎖脂肪酸の主な材料の一つは、腸内細菌が利用できる食物繊維や難消化性の炭水化物です。
野菜だけでなく、
- 豆類
- 海藻
- きのこ
- 果物
- 全粒穀物
- 大麦
- いも類
など、さまざまな食品から摂ることができます。
一つの「腸活食品」に集中するより、いろいろな食品を組み合わせる方が現実的です。
ただし、お腹が張りやすい方や過敏性腸症候群などがある方では、食物繊維を急に増やすとかえって腹部膨満や便通異常が強くなることがあります。
少しずつ増やすことが大切です。
食べる食品の「種類」も大切
腸内には多くの種類の菌がいます。
そして菌によって、利用しやすい食物成分や作りやすい代謝物は異なります。
そのため、「これを毎日食べればよい」という一つの食品に頼るより、
主食・主菜・副菜を基本に、植物性食品の種類を少しずつ増やしていく
くらいの考え方が続けやすいと思います。
特別なことを一気に始める必要はありません。
まず一つ変えるなら、いつもの食事に「豆・海藻・きのこ・野菜のどれか一品」を追加してみるところからでもよいでしょう。
シニア世代は「腸活のために食事を減らす」に注意
60代、70代、80代になると、「身体に良いものを食べよう」と意識するあまり、脂質や肉類、炭水化物などを必要以上に避けてしまう方がいます。
しかしシニア世代では、腸内環境だけでなく、低栄養や筋肉量の低下を防ぐことも大切です。
野菜や食物繊維だけに偏り、全体の食事量やたんぱく質、エネルギーが不足してしまっては本末転倒です。
腸活も、これから自分の足で歩き、自分の口で食べ、好きなところへ出かける生活を支えるための一部分です。
「腸に良いものだけを食べる」のではなく、身体全体を支える食事の中で腸内環境も考えることが大切だと私は考えています。
「酪酸だけ増やせばよい」わけではありません
腸内細菌は一種類だけで働いているわけではありません。
ある菌が作った酢酸を別の菌が利用し、さらに酪酸を作るといった「菌同士のつながり」もあります。
ですから、
「酪酸菌を増やせばよい」
「ビフィズス菌が多ければよい」
「この食品だけ食べればよい」
と単純化しすぎない方がよいでしょう。
酢酸・プロピオン酸・酪酸を含むさまざまな代謝物が、腸内細菌のネットワークの中で作られています。
腸内環境は、一つの数字で合格・不合格を決めるものではありません。
腸活は「菌を入れる」から「菌に働いてもらう」時代へ
今回一番お伝えしたいのはここです。
腸活というと、
「何の乳酸菌を飲めばよいですか?」
「どのヨーグルトが一番よいですか?」
という話になりがちです。
もちろん、それらを楽しんで取り入れることが悪いわけではありません。
しかし、それだけではなく、
自分の腸にいる細菌が、食べたものを利用し、短鎖脂肪酸などを作りやすい環境を整えること
にも目を向けてみてください。
菌を「入れる」だけでなく、今いる菌にうまく働いてもらう。
これが、これからの腸活を考えるうえで大切な視点の一つです。
まとめ
腸内環境を考えるとき、大切なのは「どんな菌がいるか」だけではありません。
腸内細菌は、食物繊維などを利用して、
酢酸・プロピオン酸・酪酸などの短鎖脂肪酸
を作ります。
中でも酪酸は、大腸上皮細胞のエネルギー源や腸管バリアとの関係から多く研究されています。
一方で、「酪酸だけ多ければよい」「短鎖脂肪酸を増やせば病気を防げる」という単純な話ではありません。
まずできることは、特定の商品に頼ることよりも、毎日の食事の中で食物繊維を含む食品の種類を少しずつ増やしていくことです。
腸活は「何の菌を入れるか」だけでなく、「自分の腸にいる菌に、どう働いてもらうか」まで考える。
この視点を持つだけでも、腸内環境の見方は少し変わってくると思います。
そして次回は、さらにもう一歩進みます。
腸内細菌が働くためには、菌が暮らしている「場所」も大切です。
第3回では、腸の表面を守る腸粘膜・ムチンに注目し、フコースやN-アセチルグルコサミン(NAG)に関する研究から、新しい腸活の可能性を考えていきます。
Q&A
Q1.短鎖脂肪酸が多ければ、腸内環境は良いのでしょうか?
短鎖脂肪酸は重要な指標の一つですが、多ければ多いほど良いと単純には言えません。
短鎖脂肪酸の量や種類は、食事内容、腸内細菌の構成、腸管からの吸収、便の通過時間などさまざまな要因で変わります。
一つの検査値だけではなく、食事、便通、症状なども含めて全体として考える必要があります。
Q2.酪酸を増やすには、何を食べればよいですか?
特定の一品を食べるより、腸内細菌が利用できる食物繊維や難消化性炭水化物を、さまざまな食品から摂ることを意識してみてください。
豆類、野菜、海藻、きのこ、果物、大麦や全粒穀物などが候補です。
ただし、お腹が張りやすい方は急に大量に増やさず、少量から様子をみましょう。
Q3.ヨーグルトや乳酸菌サプリは意味がないのでしょうか?
意味がないということではありませんが、「これだけで腸内環境が決まる」と考えないことが大切です。
菌そのものだけでなく、その菌が利用する食事や、もともとの腸内環境なども関係します。
「何を摂るか」と同時に、「毎日の食事全体をどう整えるか」も考えてみてください。
Q4.短鎖脂肪酸はポストバイオティクスですか?
現在広く用いられているISAPPの定義では、短鎖脂肪酸そのものをポストバイオティクスとは呼びません。
ポストバイオティクスとは、健康効果が確認された不活化微生物やその構成成分を含む調製物を指します。
酪酸や酢酸など、精製された微生物由来代謝物は、それぞれの物質名で呼ぶのが正確です。
Q5.便秘や下痢は腸内細菌を整えれば治りますか?
腸内細菌が関係している場合はありますが、便秘や下痢の原因はそれだけではありません。
薬の影響、食事、水分、運動量、過敏性腸症候群、炎症性疾患など、さまざまな背景があります。
症状が長く続く、血便や体重減少を伴う、これまでと便通が大きく変わった場合には、「腸活」だけで様子を見ず医療機関へご相談ください。
腸活のために、すべてを一度に変える必要はありません。
まずは今日の食事に、豆、野菜、海藻、きのこなどを一品加えるところからでも十分です。
一方で、便秘や下痢、お腹の張りなどが続いている場合は、「腸内環境が悪いから」と自己判断だけで済ませないことも大切です。
横濱おなか診療所では、症状や生活背景を伺いながら、必要な病気を確認し、そのうえで食事や生活習慣について一緒に考えています。
「ピンピンコロリを日常生活に。」
病気を治すことはもちろん、その先にある「自分らしく食べ、動き、暮らせる時間」を支えることも、私たちが大切にしている医療です。
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