「腸活」という言葉が広く知られ…
公開日:2026年09月19日
更新日:2026年09月18日

目次
「ピンピンコロリを日常生活に。」
横濱おなか診療所では、病気を治すだけでなく、食べることや毎日の体調を整えながら、できるだけ長く自分らしく暮らせる時間を支えることも大切にしています。
今回は、これからの腸活を考えるうえで注目されている「Precision Nutrition(精密栄養学)」についてお話しします。
同じ「腸に良い食事」でも、効果が違うのはなぜ?
「毎日ヨーグルトを食べているのに、あまり変化を感じません」
「食物繊維を意識しているのに、便通がよくなる人と、お腹が張る人がいるのはなぜですか?」
診療をしていると、このような疑問は決して珍しくありません。
まず知っていただきたいのは、「体に良いとされる食品=誰にでも同じように効く」とは限らないということです。
同じ食品を同じ量食べても、その後に起こる変化には個人差があります。
腸内細菌の種類や働き、遺伝的背景、代謝能力、普段の食生活などが一人ひとり違うからです。
今回参考にした講義でも、「同じ食品でも健康効果は全員に同じように現れるわけではない」という点がPrecision Nutritionの出発点として示されています。
米国NIHも、食事への反応には個人差があることを前提に、遺伝子・タンパク質・代謝・腸内細菌などの情報を組み合わせ、食事への反応を予測する研究を進めています。
これが、Precision Nutrition(精密栄養学)という考え方です。

Precision Nutritionとは?「何を食べるか」から「何を作れるか」へ
これまでの栄養指導では、
「野菜を食べましょう」
「食物繊維を増やしましょう」
「魚を食べましょう」
といった、集団全体にとって望ましい食事を考えることが基本でした。
もちろん、こうした基本的な食事の考え方が不要になるわけではありません。
Precision Nutritionが一歩先に考えようとしているのは、
同じ食事をした後、体の中で何が起きるかまで人によって違うのではないか、という部分です。
たとえば、食べ物を「材料」、私たちの体や腸内細菌を「工場」に例えてみましょう。
同じ材料が工場に入っても、工場にある機械や働く人が違えば、出来上がる製品は同じとは限りません。
私たちの体でも、
食品 → 消化・吸収 → 腸内細菌や体内の酵素による代謝 → 代謝物 → 身体への作用
という過程があります。
つまり、これからの栄養学では、「何を食べたか」だけでなく「食べたものから何を作れたか」という視点が重要になってきます。

短鎖脂肪酸・酪酸は「腸内細菌の仕事の結果」
この考えを腸活に当てはめると、分かりやすい例が短鎖脂肪酸です。
食物繊維などの一部は、私たち自身の消化酵素だけでは十分に分解できません。
大腸まで届いた後、腸内細菌によって発酵され、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸が作られます。
なかでも酪酸は、大腸の細胞の重要なエネルギー源となり、腸管バリアや免疫調節にも関係することが研究されています。
ここで大切なのは、
「酪酸を含む食品を食べたか」ではなく、「自分の腸内で酪酸を作れる状態になっているか」
という視点です。
酪酸は一つの菌だけが単独で作るというより、複数の菌が材料や中間産物を受け渡していく腸内生態系の中で考える必要があると説明されています。
そのため、「この菌を増やせば大丈夫」「この食品だけ食べればよい」と単純には考えにくいのです。

ポストバイオティクスから考える「菌がいる」だけではない腸活
ここで注目したいもう一つの言葉が、ポストバイオティクスです。
腸活というと、
「どの善玉菌がいるか」
「ビフィズス菌が多いか」
「乳酸菌を摂ったか」
と、「菌そのもの」に目が向きやすいと思います。
しかし現在は、菌が存在することだけでなく、その菌や腸内生態系がどのような物質を生み出しているかにも研究の焦点が広がっています。
講義でも「菌がいるだけではなく、何を作っているかを見る」という考え方が強調されていました。
なお、「ポストバイオティクス」という言葉には注意も必要です。
国際的な専門家組織ISAPPの厳密な定義では、ポストバイオティクスは健康上の利益をもたらす、不活化された微生物やその成分を含む製剤を指し、酪酸のような精製された代謝物だけをポストバイオティクスとは呼びません。一方、栄養・腸内細菌研究では、短鎖脂肪酸などの菌由来代謝物まで広い「ポストバイオティクス」の文脈で扱う文献もあります。
一般の方には、まず「腸活は菌の名前だけでなく、その菌がどのような働きをしているかまで見る時代になってきた」と理解していただくとよいと思います。
「効く人」と「効きにくい人」がいる?レスポンダーという考え方
研究の世界では、同じ食品や栄養介入を行ったときに効果が現れやすい人をレスポンダー、十分な変化がみられない人をノンレスポンダーと呼んで比較することがあります。
ここで誤解してほしくないのは、ノンレスポンダーだから「その食品が悪い」という意味ではないことです。
単に、その食品から期待している物質を作るために必要な腸内細菌や代謝経路が異なっているのかもしれません。
逆にいえば、効果を感じないからと次々に「腸活食品」を乗り換えるのではなく、なぜ自分では反応が違うのかを考えることが、Precision Nutritionの発想です。

では、自分に合った腸活をどう考えればよい?
まずは「食べたもの」と「その後」を一緒に見る
Precision Nutritionという言葉を聞くと、「遺伝子検査や腸内細菌検査をしなければ何も分からない」と感じるかもしれません。
しかし、現在の段階で、すべての人が高度な検査を受ける必要があるわけではありません。
まずできるのは、
「何を食べたか」だけでなく、「その後、自分の体がどう反応したか」を見ることです。
便通、お腹の張り、腹痛、食欲、体重などを簡単に振り返るだけでも、「健康によいと言われる食品」と「自分に合う食品」が必ずしも同じではないことに気づける場合があります。
すべてを一度に変えるより、一つの生活習慣を無理なく続け、その変化を見る方が実生活では取り組みやすいでしょう。
腸内フローラ検査は「答え」ではなく手がかり
もう一つの方法が、自分の腸内環境を知ることです
腸内フローラ検査では、便中の細菌を解析し、腸内細菌の多様性や特定の菌の割合、酪酸産生菌などの特徴を調べるものがあります。
ただし、現在の腸内フローラ検査だけで「あなたにはこの食品が最適です」と確定できる段階ではありません。
腸内細菌解析をPrecision Nutritionに利用する可能性は期待されていますが、検査方法や結果の解釈にはまだ標準化すべき課題があり、「健康な腸内細菌叢」の一つの正解も確立していません。
ですから私は、腸内フローラ検査を「正解をもらう検査」ではなく、「自分の食生活や腸内環境を振り返るための手がかり」として考えるのがよいと思っています。
当院の腸内フローラ検査については、こちらの記事で詳しく解説しています。
便秘・下痢が続くのは腸内環境の乱れ?腸内フローラ検査について詳しくはこちら
お腹の症状が続く場合は「腸活」だけで済ませない
一方で、便秘や下痢、腹痛などが続いている方は、「腸内環境が悪いから」と自己判断して腸活だけを続けないことも大切です。
特に、血便、体重減少、貧血、便潜血陽性、強い腹痛、急な便通の変化などがある場合には、腸内フローラを調べる前に、消化器疾患がないか確認した方がよいことがあります。
保険診療で必要な病気を確認することがまず土台にあり、そのうえで「もう少し自分の腸内環境について知りたい」という場合に、腸内フローラ検査などを生活習慣を考える材料として使う。
横濱おなか診療所では、そのような順番を大切にしています。
まとめ|これからの腸活は「みんな同じ」から「自分を知る」へ
これまでの腸活では、「何を食べればよいか」が中心でした。
これからはそこに、
「自分の体や腸内細菌は、その食品から何を作れるのか」
という視点が加わっていくと考えられます。
Precision Nutritionは、まさに「一般的に良い食事」から、「その人の特徴も考えた食事」へという研究の流れです。
現在はまだ発展途上で、腸内細菌検査だけから個人別の最適な食事を決定できるわけではありませんが、研究は着実に進んでいます。
特別な健康法を探し続けるより、まずは自分の食事と体調の関係に目を向けてみる。
私は、そうした小さな気づきも、これから自分らしく元気に暮らしていくための大切な一歩だと考えています。

Q&A
Q1.同じヨーグルトや発酵食品を食べても、効果が違うことはありますか?
はい、反応には個人差があります。
腸内細菌の構成や代謝能力、普段の食事、年齢、生活習慣などが異なるため、同じ食品を摂っても便通や代謝などへの反応が同じとは限りません。
ただし、「効果を感じない=その食品が体に悪い」と判断する必要もありません。
特定の食品だけで腸内環境全体を評価することはできないため、食事全体と体調を一緒に見ることが大切です。
Q2.酪酸を増やせば腸は健康になりますか?
酪酸は重要ですが、「多ければ多いほどよい」と単純には考えられません。
酪酸は腸管上皮のエネルギー源や免疫・腸管バリアとの関係が研究されていますが、腸の健康は酪酸一つだけで決まるものではありません。
特定の菌や食品だけを大量に摂るのではなく、食事全体や症状を見ながら考えることが重要です。
Q3.ポストバイオティクスのサプリメントを摂った方がよいですか?
現時点では、すべての方に一律に勧められるものではありません。
「ポストバイオティクス」という名称でも製品の内容はさまざまで、成分ごとに人での有効性や対象となる状態を確認する必要があります。
また国際的な定義では、不活化された微生物やその成分を含み、健康上の利益が確認された製剤という条件があります。
名称だけで効果を判断しないことが大切です。
Q4.腸内フローラ検査をすれば、自分に合う食品が分かりますか?
現段階では、「この食品があなたに最適」と確定できる検査ではありません。
腸内細菌の種類やバランスなどを知り、食生活を振り返る手がかりにはなりますが、検査結果の解釈にはまだ課題があります。
結果だけを見るのではなく、症状、食生活、薬、既往歴などと合わせて考えることが重要です。
Q5.便秘や下痢が続いている場合も、まず腸活を試せばよいですか?
症状が続いている場合は、腸活だけで長く様子を見ない方がよいことがあります。
特に血便、体重減少、貧血、便潜血陽性、強い腹痛、急な便通の変化などがある場合には、まず消化器内科で原因を確認することが大切です。
「腸内環境の問題なのか、病気が隠れていないか分からない」という段階でも、相談していただいて構いません。
腸活は、「これさえ食べれば大丈夫」という一つの正解を探すより、自分の食事と体の反応を知ることから始めてみてください。
すべてを一度に変える必要はありません。まずは食事や便通、腹部症状を少し振り返るところからでも十分です。
一方で、便秘・下痢・腹痛・お腹の張りなどが続く場合や、「腸活だけで様子を見てよいのか」「腸内フローラを一度調べてみたい」と迷う場合には、ご相談ください。
横濱おなか診療所では、「ピンピンコロリを日常生活に。」という考えのもと、病気を見つけて治療することを土台としながら、その先の「自分らしく元気に暮らせる時間」を支えることも大切にしています。









